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佐伯には名所にまつわる伝説がいくつか残っています。
自然が脅威であった昔、人々は畏れや畏敬をこめて、物語を語り継いでいったのでしょう。 「佐伯町の文化財より」
比丘尼ガ渕の伝説
※ 比丘尼ガ渕は悪谷川中ほどにあります。(「津和野街道ルートマップ参照」) 今はその跡を残しませんが、一宇の古寺があっていつの頃か妙齢の比丘尼が一人住まいを始めました。 里人と交わることがなくその名さえ知れませんでしたが、風のまにまに漏れ聞こえる読経の声と、 炊(かし)ぎする尼の横顔を垣間見て、里人はその美しさと若さに驚きました。およそ二十歳ごろか、 いわくありげなその面ざしにいろいろ取沙汰しましたがその素性を知ることも出来ません。 しばらくして、里人たちは比丘尼が松ゲ峠に登るのを一再ならず見かけました。いずれも月明かりの夜のことですから、 若者達はあやしんである夜誘い合わせて後を追いかけますと、比丘尼は知ってか知らずか淵に到り、 淵瀬に裸身を沈め何事かを念じもだえています。そのさまは妖しくも美しく、 若者たちは声を呑みわれを忘れて月の陰るのさえ気付きませんでした。 うわさはたちまち近在に広がりましたがみな怪しみ恐れて近寄るものもなく、 以来何事もなく古寺も荒れ果ていつの頃か比丘尼の姿も消え失せ、 里人たちは「あれは狐狸の住まいであろうか」と話し合いました。 そのころ、この里は中道(ちゅうどう)と呼ばれていましたが、そこに伝三と言う若者がいました。 ある日、馬に荷を積んでくだんの松ゲ峠にさしかかりました。比丘尼の噂もようやく人の口から消えるころ、 伝三はかって垣間見た比丘尼の裸身が忘れがたく、この辺りかとしばらく馬とともに一息いれていました。 すると、腰かけた伝三の足先に一匹の蜘蛛(くも)があらわれ、糸を指先にかけ夏草の繁みに消えていきます。 たくみに糸かけては消える蜘蛛にいたずら気をおこして、指先で馬の蹄にその糸を移し変えてしまいました。 蜘蛛は知らぬげにしつように今度は馬の蹄に糸をかけます。伝三はいつとなくウトウトとまどろんでいました。 すると、突然馬がいななきながら懸命に後ずさりしているのに目を覚ましました。 見ると、馬の蹄にかけられた糸が手綱程に太くピンと張られて端は淵のよどみに消えています。 伝三がのぞき見ますと青くよどんだ底に比丘尼の裸身がうずくまっているのが見えました。 そして蜘蛛の糸は、まぎれもなくその比丘尼の口にしっかりとくわえられています。真夏の昼下がり、 しびれるように聞こえたせみしぐれもはたのやんで、伝三は一瞬の静寂(せいじゃく)に背筋の凍る思いがして驚き、 怖れ戸惑ううちに馬はどっと淵に引きずりこまれ、尼と共に見えなくなりました。 しばらくして、水面は何事もなかたように静まりかえりせみしぐれがひときわ繁く谷間をおおいました。 伝三はあまりの珍事に顔色を変えて家に走って帰り、そのまま大熱を出して寝こんでしまいました。 そして比丘尼が渕の出来事を家人に語ったまま狂人となりました。 しばらくして伝三はうわ言に比丘尼を慕うことを口走りながら、戸外に走り出て行方知れずとなりました。 丁度月夜の晩のこととて里人がさわいで後を追いましたが「やがて伝三の比丘尼ガ渕に沈み、 みまかりけるを見つけたり」と言い伝えます。ちなみに、伝三は近郷まれな美丈夫であったとか・・・
悪谷の兵衛伝説
悪谷兵衛は平家の落ち武者とも、一界の世捨て人とも言われていますが明らかではありません。 彼はいつのころか、栗栖集落から三キロばかりはなれた山中の岩陰に小屋をかけ、山に入っては鳥獣をあさり、 わずかばかりの水田に稲をつくって妻とともに暮らしていました。 兵衛は米作りの名人だったので、その秘訣を聞こうとあるとき若い農夫が兵衛の小屋を訪ねていきました。 兵衛はむこうの山を指差し、「あのあたりに毎年5月ごろになるとコブシの花が咲く。 それはまるで雪が降ったように真っ白になる。その頃に苗代づくりをすれば必ず豊作はまちがいなしじゃ」 黒々としたアゴヒゲを動かし、それだけ言って小屋の中へ入っていきました。 若い農夫は兵衛に教えてもらった米づくりの秘訣を集落の人にも教え、コブシの花が咲く頃に一切に苗代をつくりました。 ところが農夫に中に小意地の悪いやつがいて、ひそかに兵衛の教えたコブシの木を根こそぎ伐ってしまいました。 あくる年のことです、兵衛はコブシの花が咲くのを今か今かと待っていました。 もうみんなは苗代づくりに取りかかっていました。兵衛はこれを見て、「お前らはわしの言うことを信じないのか、 苗代づくりにはコブシの花が咲く頃が一番いい時期なのに」と言って笑いながら通りました。 それから四十日して集落に行ってみると、すでに本田の田植が始まっていました。 兵衛は少し不安になってきました。 「もうコブシが咲いてもいい時季なのに、今年は遅いがどうしたことだろう」と思いながらも、 「もう少し待ってみよう」と毎日コブシの花が咲くのを待っていました。 しかし、いつまで待ってもコブシの花は咲きません。兵衛はむこうの山のコブシの咲く場所に行ってみました。 すると足元に無残に伐り倒されたコブシの木が横たわり、伐り株からはわずかに新しい芽が伸びかけていたのです。 彼は思わず走りよって、横たわっているコブシの枯れ木を拾いあげ、 くやしさのあまり地面にたたきつけると一目散に山を駆けおり、急いで苗代の準備をしました。 が、時はすでに遅く、苗は思うように伸びてくれません。 兵衛はついに爆発しました。「コブシの木を伐ったやつは誰だ」と叫んでまわりましたが、誰も知らん顔をしていました。 どうしても腹の虫が収まらず、再び赤十字山に登り、数十トンもある大岩を水田の水の取り入れ口めがけて転がしこみました。 岩は大音響とともに転がり落ち、栗栖集落のほとんどに水を引く、水の取り入れ口を塞いでしまいました。 しかし、兵衛がいくら悔しがっても苗代が遅れた米ができようはずもなく、その年は食うに困って、 栗栖集落の金持ちから借金をして米を買って食べました。金持ちは兵衛が困ることを知りながら、借金の返済を迫りました。 それを聞いた兵衛の妻は大いに怒り、青竹を切ってたすきにかけ、金持ちの家にどなりこみました。 金持ちはこれにおびえ借金の催促どころか「助けてくれー」と大声で叫んで逃げました。 兵衛といいその妻といい、無類の力持ちであり、ひとたび怒ると何をしでかすかわからないことを知った集落の人たちは、 それ以来彼らをからかうのを止めました。
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